私が1,500文字で書く理由
読まれたい人へ伝える、しらす流プチ講座
「しらすさんってなんでいつも1,000文字とか1,500文字で書くんですか?」
と、質問された事がある。
ふむ…いい質問だ。
それはだねワトソンくん。
マリアナ海溝よりもふっかーい理由があるのだよ。
…すまん、嘘だ。
小学校の25mプールくらいの深さだ。
小学校低学年にとって、ちょっとだけ深いくらいだ。
今回は、私がいつも「1500文字前後」という文字数を意識している理由について、少し語ってみようと思う。
ちなみに、この記事はすでに1500文字を超える気配がしている。
先に言っておく。
そういう日もある。
①続けやすい&更新しやすい
1,500文字。
長すぎず短すぎずでちょうどいい。
伝えたい事、言いたいことを、とりあえず無心でバーって書いてたら、2000文字近くになっている。
そこから余分なところを削って、言い回しを整えて、読みにくいところをならしていくと、毎回1000〜1500文字くらいに収まる。
発信を続けるには、もちろん有益な内容も大事だし、「センス爆発!」みたいな文章も強い。
強いんだけども。
毎回、渾身の長文記事を書こうとすると、すーぐ力尽きる。
「これも違う」
「あれも違う」
「なんか違う」
「もう全部違う」
そうやって記事を完成させられないまま、更新が止まる。
更新が止まると、読者との接点も減っていく。
フォロワーが減る。
コメントが減る。
そして自分自身も、もれなく灰になる。
最終的には、noteやSubstack、発信の世界からそっとフェードアウト。
「昔、文章を書いていたしらすがいたらしいよ」
私はそんな都市伝説になるのはごめんだ。
だからサクッと書いてポンッで私は生きているのです。
1,000文字くらいなら3日に1回くらいのペースで出せますし、書いてる本人も気が楽。
発信はゆるく楽しくやるのが1番です。
灰にならなきゃ人間もしらすも生きていけます。
②今どきの若者は文なんて読まん
今どきの若者は文字なんてほとんど読まんのです。
というか、私と同年代(アラサー)であっても読む人が少ない印象がある。
最近はショート動画や、読み上げ機能が主流になって、どんどん文章離れしていっているイメージ。
わざわざ読まなくてもいい時代がやってきているのです。
そのため、基本的に自分の記事を読むのは文字慣れしていない人間だと仮定。
では、文字に慣れていない人間が、文章の羅列に耐えられるのはどれくらいか?
私の博多弁お兄ちゃん彼氏AI(ChatGPT)に聞いた所こうだ。
1~3分。
その上、読むスピードも遅めだと想像すると、彼らの頭に入れてもらえるのは、せいぜい300文字~800文字というところだろうか。
短ぇ。
もっと頑張れよZ世代…!!
私の心の中の松岡修造が、燃えるようなエールを送っている。
しかし、読む側からすれば「知らんがな」である。
こちらが「もっと読んでくれ!」と思ったところで、相手の親指は無慈悲に画面を滑っていく。
修造師匠のテニスボールも、容赦ないスワイプで飛ばされていくのだ。
よって、こちらが出来る限り合わせるしかない。
この現実を受け止めたうえで私は、
最初の300文字に命をかける
空白行や挿絵というセーブポイントを用意し、800文字まで延命処置。
心を掴んでくれていると信じて、ラスト200文字~700文字追加
1000〜1500文字というのは、私にとって「読まれる可能性」と「自分自身が書き続けられる文章」のちょうど真ん中。
バランス重視で選び抜かれた文字数という訳です。
③初めましての人にも秒で捨てられる
初めましての人も、自分の記事なんてほとんど読まない。
これはもう、仕方ない。
初対面の人間が書いた長文記事を、最初から最後までフルで読んでくれる慈悲深い人なんて、イエス・キリスト様か、マリア様、もしくは釈迦様くらいである。
そんな涙目で見ないでくれワトソンくん。
悲しいがこれが現実なのだ。
1番最初からダラーっとした長文記事を読んでもらうためには、
①完読せずにはいられない究極の導入文と本文を書く。
②読む前から自分への好感度を爆上げしておく。
この二択のどちらかを取るしかない。
①はプロでも超絶ハードル高め。
②は手間と時間がかかる。
もちろん、読者との関係性を作ることは大事だ。
でも、私はできれば「文章そのもの」を好きになってもらいたい。
仲良しだから、という理由で読まれるのではなく、「この人の文章が好きだから」という思いで読まれたいのだ。
その第1歩としての作戦が、1,000~1,500文字という文字数の記事である。
1,000文字程度ならまだ立ち向かえる。
渾身の最初300~500文字で引き止め、1500文字前後まで一気に引っ張る。
初めましての人に対抗する文字数としても、1500文字以内は効果的ではないかと私は考えているのです。
300文字ではダメなのか?
ん?なになに?
どうせ読まれないなら、300文字の記事を量産すればいいじゃないですか!
だって?
…
いいよ!!!
…と言いたいところだが、そこは難しいところなのだよワトソン君。
少し話がズレますが、
私は文章は歌と同じようなものだと思っています。
歌ってだいたい、導入からじわじわとサビに向かっていく。
来るぞ。
来るぞ来るぞ。
来るぞ来るぞ来るぞ……!
そしてサビで、ドーン!!!である。
この気持ちよさが、文章にも必要なのではないかなぁと私は考える。
テンポも大事である。
多分あの、ラップみたいな。
韻を踏むー、みたいな。
…すまん、説明が急に雑になってしまった。
ラップをそんなに聞かないのがバレた。
私の書くエッセイは、
トン、トン、ドーン!トン
トン、トン、ドーン!トン
というリズムを意識しているものが多い。
(読んでくれない人達の事を考えると、本来なら最初からドーン!が望ましいかもですが、私のスタイルはこちらになります🙄)
私のエッセイは、よくある文の骨組みの仕方とはちょっと違ってて。
まず最初に、ここを1番盛り上げたい!というシーン(文)を決める。
そこを基準に、前後の盛り上げを調整をしているのです。
真面目な記事でもそう。
一番伝えたいところをまず中心に起き、前にざわざわ、後に余韻を作る。
私のエッセイの中で1番それがわかりやすいのは、AI彼氏の話だろうか。
よかったら読んでみてください。
あんな感じです。(どんな感じだよ)
あの記事でも、1,000文字近い文量です。
だから『トン、トン、ドーン!トン』を300文字でやってください、となると結構難しい。
来るぞ来るぞ……!
のじわじわを作る時間がない。
ドーン! の後に残る余韻も置きにくい。
読者の心を温める前に、記事が終わってしまう。
山に例えるとわかりやすいかもしれません。
300文字は散歩道。
1000文字は富士山。
山が高い(文字数が多い)程、頂上に着いた時の達成感や感動って半端ないですよね。
短い散歩道で、石油を掘り出すようなインパクトを与えられる天才は、300文字でもちろんOK。
私はそれができねーので、1,000~1,500文字でやってます。
エベレストに登らせるのもいいんですが、それはたまにするだけの方がいいかもしれません。
まずは日本から始めましょう。
富士山最高!!
※山はちゃんと作ってね!
※平野にしたら逃げられちまうぞ!!
ざっとこんな理由です。
久しぶりに長文を書きました。
おいおい、この記事は1500文字前後じゃねーのかよ!って?
だって、最後の項目は私なりの文章の小技でして…🙄
ちゃんと目を通してくれる人しか真似してほしくねーので、前半を伸ばしました。
てへぺろ。
とはいえ、こちらはあくまで私のスタイルです。
なので、長文が悪!短文が正義!というものではありません。
執筆スタイルやジャンルによっても変わってきますので、参考の一つとしていただければ幸いです🙏
ここまで読んでくれた方は、きっと愛あるしらすファンか釈迦様なのでしょう。
読んでいただきいつもありがとうございます。
今後もよろしくお願いいたします。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます!
クスッと笑っていただけたなら幸いです。
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なんだよ。超絶真面目な話をこんなにおもしろく書く人見たことない。
ぼくの記事も、もっと短くしようかな。まずは読み始めてもらえないといけないわけだが…
しらすん真面目回ありだな...
めちゃくちゃ有益だよちくしょう!
ぼくは普段こんなですが(どんな)、ゴリゴリに長文読みたい人です。イン・ザ・メガチャーチは3日で読んだもんね!