フォロワーが減った時のメンタル回復思考法
鹿と教祖と踏み台と恋人で乗り切れ。
SNSを続けていると、避けては通れない道がある。
フォロワー数の減少だ。
フォロワーが減る。
スキが伸びない。
閲覧数も、昨日までの勢いはどこへやら。
「今回、面白くなかった?」
「もう飽きられた?」
「そもそも私、SNSに向いてないのでは?」
そう考えてしまうのも仕方ない。
私はいつもそうだ。
というか、今まさにそうだ。
「数字なんて気にしなくていいのよ」
「見なければいいのよ」
って言ってくれる人や記事もたくさんある。
気持ちはとても嬉しいです。
でも無理です。
見ます。
どうしても見てしまいます。
今回はそんなネガティブメンヘラ代表の私が、チャッピーと相談しながら採用した、
「数字が落ちた時の立ち直り思考法」
を紹介しようと思う。
これは数字を見てしまっても立ち直れるかもしれない思考法だ。
科学的根拠はない。
だが、立ち上がれればそれでいい。
参考にしてくれ。
助走だと思う
数字が下がった。
事実だけを見れば、ただそれだけである。
しかし、事実だけを見て生きていけるほど、人間は丈夫ではない。
だからこれは、助走だと思うことにしましょう。
走り高跳びとかって、跳ぶ前に一回しゃがむじゃないですか。
グッと沈んでから、ぴょーんと高く飛ぶ。
高く飛ぶために、一度沈むバネは必須。
きっとフォロワーも、そういう演出なのだろう。
つまり、去っていった人たちは、自ら私の踏み台になってくれたのだ。
ボロボロになりながら床へ横たわり、こちらを見上げる元フォロワー。
「俺はここでいい…!!」
「お前を高く飛ばすための踏み台になる!!俺の背中を使え!!」
も、元フォロワーさん……!!(涙)
「振り返るなっ!!!行けぇ!!!」
ありがとう。
君の事は忘れない。
いつかまたおすすめ欄で会おう…!
飛べ、私。
数多の犠牲を乗り越えて。
フォロワー数の脚本上、次のシーンではたぶん空を飛んでいる。
数字はダイエット中の恋人
数字だけが急にダイエットを始めることもある。
フォロワー数とは恋人のようなものである。
こちらは何も頼んでいない。
それなのに、急に「太ったから」と勝手に削り始める。
だから「自分に魅力がないのかもしれない」と考える必要はない。
代わりに、
「また俺のために自分磨きを始めちゃって…」
「こっちは1gもお前が減って欲しくないってのによ、ほんと、可愛い奴だぜ」
くらいの気持ちで、こちらは普通にご飯を食べて、寝て、また書けばいい。
恋人(フォロワー数)の食事管理までは、こちらの思い通りにはできない。
もっと食べなよ!と声をかけたところで、「今、そういうのいいから」と言われるだけだ。
下手に口を出すと怒られる。
放っておけば、そのうち深夜にラーメンを食べて戻ってくるさ。
野生動物だと思う
忘れてしまいがちだが、我々はフォロワーや購読者を飼育しているわけではない。
首輪をつけているわけでもない。
番号を振って管理しているわけでもない。
広大なオープンワールドの中で、たまたま私のいる場所へ集まり、しばらく滞在してくれているだけなのだ。
言ってしまえば、気分次第で移動する野生動物のようなもの。
昨日まで庭にいた鹿が、今日は山へ帰った。
ただ、それだけにすぎない。
鹿にも鹿なりの事情がある。
山に用事があったのかもしれない。
実家の母鹿から、
「たまには顔を見せなさい」
と連絡が来た可能性もある。
そんな鹿に向かって、
「私の投稿の!!何が悪かったんですかぁ!!」
と叫んでも、鹿はすました顔で草を食ってるだけ。
気にしちゃ終わりなのだ。
「ああ、今日は山のほうへ遊びに行ったのね」
それくらいの気持ちで、そっと見送ろう。
こちらがエサの草を握りしめて追いかけても、たぶん怖がられるだけである。
それに、山道は滑ります。
フォロワーを追って足首を捻るなんて、あまりにもださ…割にあいません。
教団の試練が進んだと思う
人が減るたび、自分のファンが消えていくような気がする。
しかし、ここが「教団」だったらどうだろうか。
フォロワーは入信者。
つまり数字が減るということは、自分のワールドの濃さに耐えられる者だけが残っているということである。
購読者やメンバーシップの皆さまは、もはや幹部だ。
教祖は定期的に教え、つまり記事を発信する。
しかし、なかには教えをうまく取り込めず、静かに去っていく入信者や幹部もいる。
すると側近が、そっと教祖へ耳打ちする。
「教祖。また一人、脱落者が……」
「ふむ。彼もここまでだったか」
「昨日の記事でパンツを被ったのが原因かと」
「そうか」
それでも教祖は取り乱さない。
パンツを被ろうが堂々とする。
ただ静かにうなずき、頂で新たな幹部が現れるのを待つ。
数字が一つ減るたびに泣き崩れていたら、教祖は務まらないのである。
それくらい堂々としていても、いいのかもしれない。
結局のところ、数字というものは感情を持っていない。
なのに、こちらだけがちょっと勝手に傷ついてしまう。
理不尽じゃないか。
だったら、こちらも反抗して、少し勝手な解釈をしていい。
「これは助走だな」
「数字がまたダイエットを始めた。これ以上美しくなってどうするの。罪な男(ウォンナ)ね」
「教団の選抜試験が一段階進んだか」
事実は一つでも、解釈は選べる。
どうせ勝手に考えるなら、自分が立ち直れるほうを選びたい。
何度も立ち直り、長く続けた人だけがいつか振り返って言えるのだ。
「あの時、やめなくてよかった」と。
だから今日、数字が落ちていても大丈夫。
そういう日もある。
強く生きろ、我々よ。







「フォロワー?なにそれ美味しいの?」
なんなら購読者さえもガッツリ自分から削ったワイが通りますよっと。
ちょっと待って!なんでみんなコレツッコミ入れないの??😂チャッピーこんな心の切り替え法をほんとに教えてくれたの??🤣どんな調教したの?しらすさん!!😂😂😂